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2012-02-10(Fri)

「ニートの日」にニート脱出しようと思う

1:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:12:11.77 ID:1I0IPaXc0

特に波乱万丈な人生ではなかったが
半生を振り返って反省しようと思う。
区切りをつけるためにも語らせてくれ。


2:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:14:48.70 ID:TxOOpala0

うむ


3:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:15:32.99 ID:1I0IPaXc0

東北のものすごい田舎に長女として生まれる。
どこにでもある普通の家庭。
両親と祖父母、二つ上の兄と住んでいた。

小さい頃は人見知りで知らない人が来たらすぐ母親の後ろに隠れていた。


4:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:18:20.35 ID:1I0IPaXc0

1人遊びが基本的に好きで、話し相手も同年代の子と話すよりも大人と話している方が楽しかった。
保育園では友達なんてあまりいなくて
たまに遊んだりするとすぐストレスで熱を出したりしてたな。


5:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:22:06.85 ID:1I0IPaXc0

内弁慶というやつで、家では子供らしかったと思うが、外では非常にませていた。
というより冷めていた。
よく保育園くらいの子は将来の夢はお嫁さんだったり、お姫様だったりするけど

お嫁さんとか結婚したら夢が終わりじゃねえかwお姫様とか日本にいねえのにこいつらワロタ

とか思っていた。


6:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:26:47.66 ID:1I0IPaXc0

1学年10人もいない小学校に入学する。
こんな学校だとみんな仲いいと思われがちだが、意外と陰湿。
うちの学年も順番にイジメがまわってきた。
1人リーダー格の子がいてヨイショする周り。その子を煽てるために、わざと運動会で周りが遅く走ったり、テストでわざと間違ったり。

正直うんざりしていた。ストレスも溜まりやすい方だったし内気で人の目ばかり気にする性格だから、割り切れなかった。

小4くらいで自殺願望が生まれる。


7:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:29:35.83 ID:FbxNtICi0

はき


8:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:30:43.48 ID:1I0IPaXc0

今でもトラウマでこの頃の夢をよく見る。

学校では友達なんて大嫌いだったが、うちは厳しくて三歳から習い事を色々させられていたので勉強は嫌いじゃなかったし、むしろ優等生扱いをされていた。

しかし、これくらいから反抗期が始まる。


9:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:34:31.94 ID:1I0IPaXc0

小さい時は旅行に連れて行ってくれたり、いつもイベントはパーティを開いてくれる両親が大好きだった。

でも小学校中学年あたりからうちだけみんなと違うと思い始める。習い事が多かったからリーダー格の子から生意気だと言われていた。


10:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:38:20.39 ID:1I0IPaXc0

みんなに合わせなければいじめられると思い、反発した。ら当然すごく怒られる。
だんだん鬱陶しくなって来ていた。

両親の喧嘩もかなり増えもう家族旅行にもいかなくなっていた。まあこれはまた別にも理由があるんだが。

親に反発していたから当然勉強もしなくなって成績もかなり下がり始めていた。


11:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:44:14.77 ID:1I0IPaXc0

しかし中学になると他の小学校からも集まってくるので早く小学校を卒業したいと思ってたんだ。
話しそれるけど、体の発達が早くて初潮も小3できたんだが周りが誰もきてなくて三年間隠すの必死だったのを思い出したw


中学では沢山友達が出来た。学校に行くのが全然苦じゃない位たのしかった。
それとは逆に家庭環境はだんだん悪化していた。
中一の時に祖父が亡くなった。そして祖父が亡くなって少ししてから父が会社を辞めた。


12:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:48:24.82 ID:1I0IPaXc0

原因は病気。
実は私が小4のときから何度か手術をしてた。だから父の体調を気を使って家族旅行にもいかなくなっていた。

最後に家族みんなで行った場所はゴーストタウンになってしまったが。

まあ、完治したときいていたが、思春期で父親とはあまり話したくなかったからよくわからない。


13:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:48:40.99 ID:TxOOpala0

ふむふむ


14:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:52:12.23 ID:1I0IPaXc0

私は恥ずかしかった。
死人みたいな顔をして仕事もやめていつも具合が悪そうで最後にまともに会話したのはいつだっただろう。

ある日家族ひとりひとりに何でもない日に高価なものが父からプレゼントされた。
私は宝石箱のオルゴールを貰った。
プラダの財布を貰った母親は何故か悲しい顔をしていた。
この時の私は何故母がこんな顔をしているのかまだわからなかった。


15:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 02:55:49.62 ID:1I0IPaXc0

家では両親は毎日喧嘩するようになっていた。
その度に悲しくなって
お母さんとお父さんが仲良くしてくれますように
て紙に書いて誰にもわからないように宝石箱のオルゴールに閉まってお祈りしていた。


17:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:00:00.38 ID:TxOOpala0

最後まで聞いてやるよw
だから頑張れよw
ふむww


18:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:03:53.24 ID:1I0IPaXc0

中2あたりから父親が入院したままだった。母親は付きっ切りでなかなか、家に帰らなくなった。
反抗はしていたが寂しかった。かなり。
寂しさを紛らすように男に走った。毎晩長電話して毎月母親に怒られる。
私の気持ちなんてわかんないくせに!
て気持ちでいっぱいだった。この辺りから先輩にいじめられ始めたから学校にも行きたくなくなった。


19:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:07:16.11 ID:1I0IPaXc0

ある日、母親から
お父さんあまり長くないんだって
と告げられる。
泣かなかった。泣けなかった。

その時は、特になんとも思わなかった。
今になって思えば現実逃避をしまくっていたからだと思うんだが。

強くて優しい父親の弱っていく姿なんて見たくないからなあ...


20:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:10:51.63 ID:1I0IPaXc0

平気だと思ってたが中2病真っ只中の私は結構思いつめていたみたいだw
先輩のいじめと母からの告白ですっかり滅入ってしまったようで
体調が悪いと保健室に行き保健の先生に話を聞いて貰ったら何故か涙が止まらなくなった。
それが初めて人前で泣いた日だった。
初めて人に父親が死ぬ事を話した日だった。


21:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:12:35.84 ID:TxOOpala0

…ふむ


22:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:17:17.68 ID:1I0IPaXc0

先生のキョドりようは半端なかったなw担任すら知らなかったし。
案の定心配した先生は、母親に電話して事情を話したらしい。

その日帰ったら珍しく母親が帰宅していた。
何も言わずに料理を作ってくれた。
寂しかったでしょと笑ながら。

なんか照れ臭かったからさっさと食べてテレビ見てたけど。
母親がつかない代わりに兄がその日は学校がえりに父親のとこに泊まっていたらしい。
この時、父親は多分モルヒネかなんかで頭は呆け切っていた。夜中に兄を起こしてアイスが食べたいから買ってきて欲しいと頼む。兄が買ってきたら今度は、そんなんいらないという。トイレがどこかも分からない。
兄は泣きながらナース室に言ったらしい。


23:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:23:05.08 ID:1I0IPaXc0

いよいよ様態が悪化してきたので次の日の朝、息子さんではなくてやはり奥様がきてくださいと病院から電話があった。

私は知らないフリをした。
思えばお見舞いすらまともに行ってない。
だから確かその次の日あたりにお見舞いに連れていかれた。

父の姿を見たくなかったが渋々行った。病室に二人きりになったときの会話は

携帯代あまり使うなよ
野菜はちゃんと食べてる?
お母さんと喧嘩すんなよ

だったはず。これが最後の会話になったから覚えている。


24:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:27:21.42 ID:1I0IPaXc0

それから2、3日かな?
給食食べてたら先生に呼び出されて今すぐ支度して病院に行くように言われた。
お父さんが危篤だと。

こんな時ですら周りの目が気になって不審がる皆に
また私呼び出されちゃったよーwなに怒られてるんだろw
とヘラヘラしてる自分に吐き気がした。
校門からタクシーに乗り危篤という言葉の意味をぼんやり考えていた。


25:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:31:27.18 ID:1I0IPaXc0

病院に着くと親戚一同泣き腫らした顔をしていた。
母親も泣き止んでいたが今にも崩れてしまいそうだった。

あんたもお父さんの顔みてきな、と言われて白い布が被っている父親を見に行った。

なんとも思わなかった。涙も流さなかった。祖父の時は泣けたのにおかしいなーとか考えながら待合室に戻ると
みんな憔悴しきっていたのでうんざりした。

早く帰ろうよって行ったような気がする。


26:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:35:26.74 ID:1I0IPaXc0

実を言うとこの頃の記憶が曖昧なんだ。
あとから言われたのがショックで完全に現実逃避してしまっていたせいだと。だから悲しくもなかったらしいが、
この時は、そんな事すらわからなかった。兎に角はやく彼氏と電話したいとしか考えていなかった。

葬式でもどんだけスカート短くしようとか髪の毛どうしようとか。

親戚たちはどんな目で見ていたんだろうか。


27:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:37:32.74 ID:TxOOpala0

ふむ


28:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:40:04.04 ID:1I0IPaXc0

父親の病気は日本では特殊なガンか何かで薬も海外から取り寄せていたので相当な額だったみたい。

そういえば生前父が自分の寿命が長くないことに気づいたあたりから
こんな金どっから出すんだ!俺はもう死ねばいいんだ!と怒鳴り散らし母親が泣きながら叫んでたな。


29:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:44:33.17 ID:1I0IPaXc0

みんなに高価なプレゼントをあげたのも
自分の死を察していたからだろう。
母親もだからこんなの縁起でもない、て思っていたのかもしれない。

亡くなって一週間ほど休んでから学校に普通に行った。周りがやけに腫れ物を扱うような接し方をする。
別に私は悲しくないのにやり辛いなーなんて考えながら普通に生活した。
誰も詳しくは聞いてこようとはしなかったし、私も至って普通だったのでいつもの日常に戻った。


30:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:49:17.09 ID:1I0IPaXc0

それからは先輩もいなくなりかなり楽しい学校生活だった。すっかり勉強しなくなっていたので成績は随分悪かったが。
友達も多かったし好きな人もいたし部活ではキャプテンだったしリア充だった。
戻れるなら中3に戻りたいなと思う。

一方、家庭環境は私としては最悪だった。
父が亡くなってから、片親だとバカにされたくない!ともともと厳しかった母親が更に厳しくなった。


31:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:53:43.98 ID:1I0IPaXc0

この頃から母親とはまともの会話をあまりしていない。

高校も進学校に行く予定だったが一つ下げて地元の高校に進学した。
高校にあがる頃にはすっかりDQN化していたので、DQN学校の奴らとばかりつるんでいたな。

色んな人と付き合って別れて。ずっとセックスばっかりしてたかった。この頃セックス依存症に近かったと思う。


32:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 03:59:53.49 ID:1I0IPaXc0

高校もつまんなくて家に帰ったら説教で
いつの日から空いた穴を埋めるので精一杯だった。寂しかった。孤独なのが。今思えば勝手に孤独だと思っていただけだが
メンヘラビッチ化していたのでw

学校に親が呼び出される度に成績が届く度に携帯料金開くたびに帰りが遅いたびに
朝まで説教された。
心中もさせられそうになった。
私が何を言っても、怒られるのでもう口を開くのも嫌で怒鳴られる度に殴っていた。


33:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:00:46.30 ID:TxOOpala0

ふむふむ


34:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:04:35.02 ID:1I0IPaXc0

母親や男との関係性に疲れきってほとんど学校では保険室に行って泣いていた。

早く親から離れたかったから卒業したら上京することに決める。
F欄だから勉強しなくてもよかったし。

上京してからは更に荒れる。


35:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:08:09.17 ID:1I0IPaXc0

親に上京するならと寮にぶち込まれたがこれまた厳しい。今時テレビも部屋に置けなくてバイト禁止門限10時今日同部屋。泊まり禁止だぞ。まじ監獄w

ただ上京したいだけだから大学なんて行きたくなくて初っ端からさぼっていた。

そしてある日。
街でナンパされた男と合コンの約束をしていた日だった。


36:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:10:12.84 ID:1I0IPaXc0

ものすごい吐き気で起き上がれない。
そういえばお酒強い方なのにこの前吐いたな。心当たりは、
あった。案の定妊娠していた。男にも親にも告げず1人で降ろした。


37:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:13:49.26 ID:1I0IPaXc0

お金は一度だけやった夜の商売のスカウトマンに借りた。
落ち着いたら働いて返すと。

おろすときも色いろあったが省く。
だいぶ落ち着いたのでスカウトマンに連絡した。未成年だったが借用書も書かされたので。
連れていかれた先は、AV事務所とデリヘルだった。

騙された。キャバクラなら出来たがさすがにそっちへは踏み出せなかった。ビッチなのにw


38:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:17:10.18 ID:1I0IPaXc0

逃げ出したが、借りた金は返さなきゃならない。どうしようかと繁華街を歩いていたら1人の水商売の男に声を掛けられた。

その時は番号だけ交換してばいばいしたが後日2人で遊んだ。
今までの事を話すと、お店探しているならとキャバを紹介された。
そして付き合おうと言われた。
寂しかったし特に好きでもなかったがなんとなく付き合って見る事にした。


39:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:21:37.48 ID:1I0IPaXc0

もう学校も既に行かず寮にも帰らずだった。代わりに彼の家に住み着きながらキャバクラで働きまくっていた。
親にはもちろん内緒だったので仕送りも毎月送られてきた。

なのに金なんてまったく足りなかった。
彼との生活費は全て私だし彼のお店にも頻繁に行き散々していた。

俺のために働け。

もう行く場所がない私はすっかり彼に依存して、洗脳されていることにすら気づかなかった。


40:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:24:49.86 ID:1I0IPaXc0

見栄と欲のために動く金。愛なんてないのにプライド捨てて体を重ねる。獲物を狙うように見ている奴ら。ドラッグなんてすぐに手に入る環境。

そんなところにいたせいか
どんどん心はすり減って普通の感覚が麻痺していた。
安定剤は手放せなくなった。


41:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:27:42.51 ID:1I0IPaXc0

親からは電話で何度も怒られた。
学校辞めたいと行ったが辞めさせてくれなかった。
教育のためならいくらでもお金は出す!留年したっていい!だから頑張りなさいと。

まあ進級出来そうにもないので何度か留年て無理矢理辞めたんだけどね。


42:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:29:55.49 ID:1I0IPaXc0

一緒に暮らしていたから彼から
将来楽させるから今は協力してほしい。もうすぐ辞めるからと言われていた。

それを信じて稼いでいた。

けど水商売上がった途端私の前から消えた。


43:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:33:07.80 ID:1I0IPaXc0

嫌ってほど泣いたが、心の底では分かっていた。私のことを好きじゃないこと位。

なのに何かに縋っていなければ崩れてしまいそうで。必死にしがみついていた。

今までの男もろくな奴がいない。
DVとかヒモとか浮気性とかw
水商売の彼とは何年か同棲したが最終的にはこれだし。


44:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:36:31.89 ID:1I0IPaXc0

誰かに捨てられたくない1人は嫌だという気持ちが強くて常に彼氏がいないとダメだったが
もう疲れた。どうせ捨てられるくらいなら1人でいい。
仕事だって彼がいないなら頑張らなくていい。
お金なら、お客さん定期的にくれるので困らない。
ニート誕生w


45:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:39:13.62 ID:1I0IPaXc0

それが一年前。
この一年間働かず、嫌な事があれば酒と薬(違法じゃないよ)に逃げればよかったし、友達もいたし結構快適。

なのにいつも心が晴れないのはなんでだろうか。


46:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:41:50.51 ID:1I0IPaXc0

いつものように大酒を浴びてフラフラになりながら帰ってきた。
ペットが出迎えてくれる。抱き抱えてベッドに倒れ込んだら何故か泣けてきた。

何故か大嫌いな母親に会いたくなった。
一回、田舎に顔だしてみようかな。


47:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:45:12.34 ID:TxOOpala0

…ふむ


48:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:45:21.52 ID:1I0IPaXc0

数日後には新幹線に乗っていた。
実家に着いてまず、仏壇で手を合わせてからお墓参りに行った。

お墓の前についたら尋常じゃない位の涙が出てきた。
なんで泣いたんだろう。
父の事を思って泣いたのは、初めてた。
ひとしきり泣いた後は肩の荷が少し軽くなった気がした。


49:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:47:39.91 ID:1I0IPaXc0

夕飯の時間だったので母の待つ家に帰った。何年もまともに話してないから照れ臭くて、テレビ見ながらもくもくと食べていた。

すると母の方から口を開いた。


50:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:51:07.70 ID:1I0IPaXc0

お母さんね、お父さんと結婚する前に好きな人がいたんだけど訳あってその人とは一緒になれなかった。
だから仕方ないから腹括ってお父さんと結婚したのw
嫌だったなあ低収入だしかっこよくないしさあ。こんなに田舎だしね。ここの家の人達おかしいしさあ。


51:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 04:58:49.76 ID:1I0IPaXc0

この母親は何言ってんだと思ったwばあちゃんにも失礼だろw
尚続ける母親。

でも、みんなすごく優しい人たち。お母さん昔、自分の母親に愛されてなかったから羨ましかった。

五年目でやっとお兄ちゃんを授かってその二年後にあなたが産まれた。

すごくビックな赤ちゃんだったから看護婦さんに笑われて恥ずかしかったわwしかもお父さん、女の子だったから嬉しくってミルクたくさんあげ過ぎてあなたが下痢になっちゃったのw
お母さん寝ちゃったけどお父さんなんて自分の責任だと思って、毎晩寝ずに看病したんだから。


52:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 05:01:26.51 ID:zg6y7tz5O

(ノω<`。)゜。


53:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 05:03:34.67 ID:1I0IPaXc0

もうちょっと大きくなってからは、
共働きだったから寂しい思いさせたよね。
でも、おばあちゃんもおじいちゃんも協力してくれた。
おばあちゃん退職してからずっとあなたのこと日中おぶってくれてたのよ。
おじいちゃんは近所であなたの自慢していたらしいわ。

それでもお母さんのこと大好きだったから、いつも庭で砂遊びしながらお母さんの帰り待ってくれてたね。

駆け寄ってくるあなたを抱きしめたら、その日の仕事の嫌な事なんて全て吹き飛んだ。


54:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 05:05:04.33 ID:TxOOpala0

えっとね
主はいけない事たくさんした
きっと自分でも分かってると思う
けどすごく辛いのも分かる
ニートの日って何??て感じだったんだけど
ちゃんと主は生まれ変われそうだね
一度自分家帰ります
明日また出勤したら顔だすね

おやすみ


61:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 05:44:06.21 ID:1I0IPaXc0

>>54
本当にありがとう( ; ; )!だらだらとつまらない話で申し訳ない。
こんな時間まで会社にいたんだね!
社会人は大変だわ。お疲れ様!ゆっくり休んでね。


55:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 05:08:56.72 ID:1I0IPaXc0

今でもあなたが作ってくれた御守り財布の中にいれてるよ。ほら。

と財布からボロボロの手作りの御守りがでてきた。
「おしごとがんばってね!だいすきだよ!」

私は覚えてないわとぶっきらぼうに答えた。本当は覚えてたけど。
母親の誕生日の何日も前からこっそり用意したんだよなー。そういえば母親の誕生日に、おめでとうと言ってあげたのはいつだったけ。

毎年母親からは手紙とプレゼントが入った小包が上京してからも届いてたのに。


56:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 05:14:14.95 ID:1I0IPaXc0

また母親の長い話が続く。

お父さんが病気になってからは本当に、寂しい思いをさせたね。
保険室で泣いた日までなんで気づいてあげれなかったんだろう。ごめんね。

あんな多感な時期にあんなことがあったら、さぞかし辛かったと思う。
でもちゃんとあなたは乗り越えてくれた。ありがとう。


57:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 05:20:45.59 ID:1I0IPaXc0

あなたなりにもがいていたのに
お母さんついつい厳しくしちゃったよね。
お母さんのこと恨んだって仕方ない。

許してくれないかもしれないけど
一生かけて償わせてほしい。

だからあなたは自分の事を不幸だと思っちゃいけないよ。あなたは不幸なんかじゃない。沢山の人に望まれて産まれて沢山の人に愛されて育ったんだよ。

まだ向き合えないならまだ向き合わなくてもいい。でも、お父さんの死を無駄にするのはやめようね。

あなたに最後に残した言葉、
野菜食べろとか母さんと仲良くしろとかだったんだって?wお父さんらしいね。

お母さんももっとちゃんとあなたのこと見るべきだった。


58:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 05:28:16.71 ID:1I0IPaXc0

あなたから離れられないのはお母さんの方だね。もう子離れしなくちゃならない。お母さんの手から離れて行くのが
寂しかったから大学の授業料払い続けてたんだよw
でも、いつまでもお母さんのものだと思ってちゃだめだね。

あなたはもう自立しなきゃならない。あなたのためにも。お母さんはあなたより早く死ぬんだから。

頑張るのは辛いかもしれない。でも、泣きたくなったら、投げ出したくなったら、いつでも帰っておいで。お母さんは何があったってあなたの味方。死んでも変わらない。

都会はあんなに人が溢れてるのに孤独を感じやすいよね。でも大丈夫だよ。お母さんが見守ってる。


59:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 05:34:53.44 ID:1I0IPaXc0

気づいたら私は嗚咽するくらい泣きじゃくっていた。

母親だって最愛の旦那が亡くなって辛かったはずだ。なのに職場の人には一切話さず、仕事をして父親の看病をしていた。

それからは、自分を奮い立たせて兄と私を大学に行かせて毎月仕送りも送ってくれていた。

その仕送りさえ男につぎ込んで私は一体何をしていたんだろう。
ここ一年間は働きもせず何を学んだんだろう。

自分のした事を恥なければならない。
母親にありがとうとごめんなさいを言いたい。なのに嗚咽してるもんだから全然喋れないw

母は
大丈夫、言わなくても伝わるからwと笑っていた。


60:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 05:41:54.35 ID:1I0IPaXc0

次の日東京に戻って仕事を探した。
何件か回ってやっと就職先が決まった。春からは小さな会社の受け付けで働く。
今日の夜からは春まで雇ってくれるバーで働かせてもらう。
給料が出たら何か母と祖母にプレゼントでも贈ろうかな。

2月10日ニートの日なわけだけど
なんとか脱出できそうだ。
最後まで自己満足のスレで申し訳ない。
書かせてもらってありがとうございました。


62:名も無き被検体774号+:2012/02/10(金) 06:20:07.12 ID:aTe8XVH70

泣いた



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